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蓮博士の書

蓮の花もそろそろ盛りを過ぎましたが。

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ウチの床の間に掛かっているのは古代蓮「大賀ハス」で有名な大賀一郎博士の書です。
岡山市の後楽園の管理事務所所長を長く勤めた叔父から貰ったものとか…。
岡山出身の大賀博士が昭和26年千葉県検見川の二千年前の泥炭層から3粒の種子を発見。
その1つから咲かせた花が今や日本中どころか世界中に分植されている「大賀ハス」。
まさに古代のロマンです。


「大賀ハス」について、詳しくはここを御覧あれ!何か弥生土器と通じるような清楚な佇まい。。。

達筆でよく読めないのですが…。
昭和3(?)8年……80?才と読めますから,博士が昭和40年に82才で永眠されたことを考えれば最晩年の書となりますね。

黄蓮作久聴(穂?)

どなたか読めて解釈出来る方いらっしゃいませんか?
千葉のavocetさんあたり如何でしょうや?
by kaikaisei | 2005-07-30 23:31 | コレクション

同窓会始末記  (記念品制作班報告)

ここのところ水曜日午後は同窓会記念品制作のお手伝いに来てもらっている。
「マツケンサンバ腰元ダンサーズ」のリーダーK子さんはもう手慣れたもので
唐子の「足」担当。
スウィングオジサンズのピアニストのY子さんは
本日初参加ということで「頭」担当。
私は「胴体」係。M永君は補修係。
ながれ作業で次々に唐子が完成していく。

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K子さん「私こういう仕事大好きじゃわ〜」
Y子さん「ホント時間が経つの忘れるわ!」
M永君「……」
(手前左はK子さんの娘さん。湯呑の絵付けに夢中!)

お陰で何とか本日でノルマの300個の大台にのせることが出来ました。
ありがとうございましたっ!
後は順次自然乾燥の後。素焼きして絵付けだ。
さすがにこちらは私一人の作業になります。
来月始めにはなんとか焼き上げて
次の包装作業は、また皆サマのお力を借りてワーーッといきたいもんだ。

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昨日と本日の制作分。
二日で80個近くできた。
3タイプのうち、
これは「寝っ転がり頬杖」唐子。
by kaikaisei | 2005-07-27 22:45 | 日記

同窓会始末記(その1)

スウィング オジサンズ&オバサンズが
その後どうなっているかと云うと…。

本番まであと2週間あまりとなった。
難曲と判明(苦笑)した「A列車で行こう」は、
早々にサザンの「いとしのエリー」に変更になった。
また振り付けが完璧に仕上がっているマツケンサンバは
腰元ダンサーズの折角の踊りを乱さない為にも
オリジナルのテープをバックに流すことになった。
かなりハードルの高さを落としたと云え、やはり悪戦苦闘には変わりなし。

しかし練習の甲斐あってか少しづつ曲の姿が出来上がってきた感じ。
(こんなこと書いたら指揮のSクンやサックスやペットのコーチに笑われそうだけど…)
この間の練習ではピアノとドラムが初めて加わって練習も熱が籠ってきた。
私のサックスのようなリード楽器と違ってトランペットは
最初からマトモに出なくて大変そうだった。
ところが!いつしか音も揃ってきて我々サックスパートを圧倒しつつある。
大したものと感心するばかり。こちらも負けてはいられないぞお!

高校時代は劣等生で嫌な学校から一刻も早く帰りたくて
一目散に帰宅していた私だけれど、
20数年後の今頃になって初めて部活を始めたようで、とても新鮮な気分。
ほとんど付き合いが無く言葉も交わしたことも無かった「同級生」達と
今あらためてひとつの目標に向けて「部活」しているのだ。
鳴らない楽器。動かない指に苦労しながらも、何だかとても楽しい。
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リズムが取れないのでついにデジタルのメトロノームを購入!
でも使い方が良く解らないの!(苦笑)

高校時代の3年間は、あまり楽しい思い出も無く
毎日鬱屈した日々を送っていた私だけど
やはり今の私の基礎を作っていたのがあの頃なのかもしれない。
進学校にありながら勉強が苦手で一人取り残されたような私が
今の仕事に廻り合えたのも考えてみれば、
あの頃の劣等感をはずみにしたものかもしれない。

さて。同窓会総会では毎年参加者に記念品が配られるとのこと。
思いがけなくも!光栄な!!ことに、私の品を使って頂けることに相成った。
選定してくれたのは「唐子箸置」だ。
うれしくもあるけれど、
「いいのかなあ?私がそんなことしていいのか?」という気持もアリダ・バリ。
予算の関係でひとり一個のみだが、数は300個という数。
去年の春には600個の注文をこなしたが、今回は日程的にギリギリだから
時折「女子」の助っ人が来てくれていて、とても助かっている。

不思議な因縁と感慨に耽りながら「唐子」を捻(ひね)っているところ…。
by kaikaisei | 2005-07-25 23:22 | 日記

蓮の花

b0041520_21511618.jpg今年も我が家の蓮池(直径40センチ(笑))に花が咲きました。
何にも無かった水面にポッコリポッコリと小さな葉を浮かべていたかと思ったら
いつの間にか葉が生い茂り、その間から蕾がニョッキニョッキ。
ほんと生命力のある不思議な植物ですね。

なんとも崇高な花です。
蓮というとついつい仏様というイメージがありますが
中国では蓮の「レン」という音が恋の「レン」に通じるといわれたり
花と実を同時に付けるということから縁起が
良い花とされていると聞いたことがあります。

我が家の蓮は八重の品種のようです。
2〜3日で花弁を落として実だけが残り
次第に緑に成熟して行きます。

そして冬に向けて枯れて果て朽ちて行くの姿も
なかなか風情があって私は好きです。
まさに人の人生のように…!?
by kaikaisei | 2005-07-18 21:54 | 日記

茅ヶ崎報告 番外編(続き)

昨日の続きです。

b0041520_1131878.jpg筆のタッチがいいですねえ。
それもそのはず。こちらは中学の家庭科の先生。
修学旅行の引率で京都の清水(きよみず)で
毎年のように絵付けしているとのこと。
私にとって、この迷いの無い筆さばきには見習うものあります!!

b0041520_114120.jpgうらはトウモロコシ。大したものだあ。

b0041520_115889.jpg秀逸はこのサイン。自画像入りは初めてみました(笑)



b0041520_1175262.jpg今回の特選はコレ。
私の大学の先輩Uさんである。現在茅ヶ崎在住。
ご存知。茅ヶ崎といえばエボシ岩です。
砕ける浪の表現はナカナカ。
これが360度のパノラマというアイデア。スバラシイ!
この作品はM田夫人もお気に入りで
焼き上がりを楽しみにされていました。

学生時代はパステル画でならしただけあって
絵付けの状態もどこかターナー風でした。
絵付けした時は陰鬱な雰囲気でしたが
いざ焼き上げてみると青い海と白い雲。
いかにも夏の茅ヶ崎海岸になりました!



私にとっても今までの絵付けの技法について
改めて再考させられるキッカケを与えてくれました。
ありがとう!Uさん。


今回思いつきのように絵付体験をしましたが
私も大変刺激を受けることができました。
ありがとうございました。

他も紹介したい作品はあるのですが
今回はこの辺にしましょう!
by kaikaisei | 2005-07-17 01:22 | 日記

茅ヶ崎報告 番外編

絵付体験コーナーの作品が焼けたのでご紹介しましょう!
御覧のように皆さん思い思いの絵付けを楽しまれました。
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いくつか私の目に止まった作品を紹介しちゃいます。
作者の同意は得てませんが、いいでしょう?この際。

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これは努力賞。
私のアシスタントも今月で一年目になりましたが
絵付け初体験のM永君の作品。
私も網目紋描くけど内側までは書いたこと無いです。
よく頑張りました。ハナマル!

b0041520_2228918.jpg内側は最近運転中衝突事故を起こした鹿が描かれている。


b0041520_22303643.jpgネットはネットでもこちらはクモの巣。
流石M永君のお友達だ(笑)
反対側にはブラ下がった蜘蛛が描かれている。
ちょっと奇異に感じるかもしれないが、
網目と同様に蜘蛛の巣も実は縁起が良いものらしく
昔の伊万里焼には良く使われているモチーフだ。
なかなかリアルでよろしい。


b0041520_2232345.jpgこちらは若い女性。
ウサギが好きなんだそうだ。
ちなみに自分の干支はウサギではないらしい(笑)
でも筆のタッチがとてもいい。
こんな線もありなんだと新鮮な発見がありました。
内側の後ろ向きのウサギもグッド!



b0041520_22345527.jpgこちらは家族でいらした方。
お父さんの作品。
ミノカサゴだ。
江ノ島水族館で買って来られたと云う
海洋堂のフィギュアを睨みながら無心に描いておられた。
反対側にはタツノオトシゴ。

b0041520_22374710.jpgそして内側が…染付だからアオウミガメ?
周りの海藻がいいですねえ!
お茶を入れたらどんな感じになるんでしょう。


そろそろ画像の容量が一杯になりそう。続きはまた明日。
by kaikaisei | 2005-07-15 22:44 | 日記

茅ヶ崎報告 その7(最終回)

名古屋から阪和道をひた走り伊賀へ。
コメリの駐車場で待ち合わせ。道具土を満載した軽トラに乗ったW辺さんと合流。
先導してもらいながら窯場へ。
人里から意外と近かったけれどそれでも伊賀の山中。
鬱蒼としている。
そこにうら若き娘がコンテナハウスに寝起きして穴窯をつくっているのだ。

去年の秋に私の横浜での個展会場に来てくれて
「窯場にやっと人を呼べるようになったんです」と云っていたのが
今回の訪問のきっかけになった。
私は工房でも出来たのかな?と単純に想像していたら
なんと!真新しいお茶室が出来ていて驚いた。
去年「友だちとワア〜と作った」らしい(笑)
その茶室でしばし情報交換。

現在は単独でこさえた穴窯の隣にもう一回り小さい穴窯を
作る準備中で斜面に土を絞めたところだとか。
最初の窯は時間が掛かったけれど今回の窯は
一週間位で「ワア〜と作る」らしい(笑)
やはりパワフル。さすが「浪速の元気娘」だ。
11月末のH色野での個展までに「初窯を焚くつもりなんです」と!
ホントにやるんでしょう。愛ちゃんスゴイ勢い。止められないね(笑)
H色野の店長が「彼女はホント勉強熱心」と言っていたのが解る。
これから、どんどん延びるだろう。

早く実力を伴った信楽焼作家になって
我ら男ドモをバシバシ刺激する存在になって欲しいと願う。
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          M永君は好きな苔を探しに行く。
by kaikaisei | 2005-07-13 22:07 | 日記

茅ヶ崎報告 その6

翌朝、清水の友人宅を発って一路西へ。
今日(6/30)の寄り道は三重県は伊賀だ。
これは「浪速の元気娘」信楽作家W辺愛子さんを訪ねるためだ。

彼女とはかれこれ10年程前。
都内デパートでの私の個展会場で偶然知り合ったのだ。
当時大阪の中学(確か)補助教員をしながら信楽で焼締めをしていたという彼女。
たまたま上京したついでにフラリと立寄ってくれたらしい。
偶然にも彼女のお母さん(お父さん?)が津山出身でおばあさんがまだ健在だとかで
盛り上がったりしたのを憶えている。
何故だか私の作品を随分気に入ってくれて、いきなり祥瑞盃を買ってくれた。

当時は彼女は二十代前半。こんなキレイなお嬢さんが大丈夫なの?と案じていたが
その後アレヨアレヨと云ううちに、精力的に個展を続けていると思ったら
陶芸の専門誌に紹介されたりして
今や信楽では将来を有望視される期待の新星といったら安っぽい宣伝文句みたいだが、
とにかく頑張って仕事している。
もう既に彼女の蹲(うずくまる)壷にはファンが多いらしい。

なにしろ一人で山を開いて窯を築き焚き上げて、
今時のひ弱なオトコどもにはない情熱と体力の持ち主。
少なくとも私には出来ない。
まさに「浪速の元気娘」とわたしは勝手に命名したワケ。
正直言って作行きはまだ素人っぽさが残っているけれど
そんなの数作るうちにすぐ克服されるだろう(それが魅力なのかもしれないが…)

何を隠そう、私が最近作品を扱ってもらうようになった渋谷のH色野との御縁は
実はW辺さんが作ってくれたのだ。
H色野は看板に「穴窯陶房」あるだけあって薪窯で焼いた陶器を専門に扱う店として
私なんぞは全く縁がない店と思っていたが、
W辺さんが実は染付が大好きという店長さんに私の祥瑞盃を
見せたら私の作品を随分気に入ってくれたというのだ。

と不思議な因縁があるW辺愛子さん。

前置きが長くなったけれど…そんなW辺さんの窯場を訪ねたのだ。
by kaikaisei | 2005-07-12 22:20 | 日記

ガラスのうさぎ

日曜日。奥さんも久し振りの休みということもあり朝から家族で
地元の文化ホールにアニメ化された「ガラスのうさぎ」の上映会に行く。
上映前には四分一(しぶいち)節子監督の挨拶もあった。

長男小2は「ボクは行かん!」と気が進まなっかったようだが
結局最後まで食い入るようにシッカリ鑑賞出来た。
次男5才はいささか退屈したようだ。
アニメとは云え90分近い上映時間は幼児にはギリギリのところだろう。
奥さんは完全に予備知識が無かった為もあって、最初から涙グチュグチュ状態。
私はといえば、粗筋をだいたい知っていたが、やはりダメ。
ウルウル来てしまう。

遥か昔の出来事になってしまった戦争から60年というが、
原作者がわたしの両親とほぼ同じ世代と考えれば
ぐんと身近な出来事として戦争を感じざるを得ない。
ましてやこの世相だ。

歴史は繰り返される…。
60年前空襲(空爆)をうけた日本がその後憲法9条でまもられた平和を享受しながらも
その後は同じアジアの国であるベトナムそしてイラクでの空爆と約30年周期で
続いている訳で、いつの間にか日本は被害者から加害者の立場に
身を置きつつあるという事実は何としたものか?

b0041520_21304264.jpg観るまではカッタルゲな長男小2だったが、
上映後は会場で売っていた原作本が読みたいというので買ってやった。
私も久々にこの本を読み直して親子で戦争について語り合えたらと思う。
四分一監督も子供達に「家に帰ったら是非おじいさんやおばあさんから
昔戦争があったことについて話を聞いてください。」と仰っていた。
確かに私達が戦争体験者から直に話を聞けるのも、あと10年程だろう。
これをきっかけに戦争について親子三代で語ることができたら
素晴らしいのだが…。

その夜。皆で「スターウォーズ」を見て楽しんでいる。
一方では娯楽としての戦争映画もある。
人間はやはり罪深い生き物だ。
by kaikaisei | 2005-07-11 21:35 | 日記

茅ヶ崎報告 その5

搬入は慌ただしく茅ヶ崎を目指して一直線!
ハンドルを握って決死の運転だったけれど
帰りは折角の復路。
あちらにフラフラ。こちらにフラフラの道草しながらの道中となった。

何故裾野市か?というと。
四月に亡くなったガラス作家新谷さんのお墓参りに立寄らせてもらったのだ。
以前このブログでガラス作家の新谷良造さんの訃報を書かせてもらったが(4/14)
思いがけず、御子息から拙文を御覧になったとのメールを頂戴したのだ。
是非機会があればお立寄り下さいとのこと。
いかにもネットが作ってくれた新しい人間関係だ。
ちょうど訃報を聞いて次回は裾野市を通過は出来ないなと
思っていた矢先だったからなおさらだ。

初めての土地だったけれど何とか地図を頼りに
新谷未亡人のお宅に辿りいつけることが出来た。
私と同い年の御子息は残念ながら出張中で不在だったけれど
お母様とはゆっくりお話ができ、御仏前に津山のお菓子とお酒を供えて
冥福をお祈りすることが出来た。

その後は奥さんから九州での馴れ初めから津山での苦労話など
色々伺えて楽しいひと時だった。
フト窓辺に目をやると新谷さんが愛されていた盆栽鉢が無数に…。
去年の夏。
トラック一台分を津山から運んで来られたというが
その後は未亡人も世話をやきかねているとのこと。
厚かましいとは存じつつM永君に盆栽の趣味があり、
私も彼を師として興味を持っていることを申し出て
いくつか貰い受けられないものか願い出た次第。
未亡人も快く承諾頂き、クルマに積めるものを選ばせてもらった。


b0041520_2129104.jpg「もー好きなの持って帰っていいよー」
「はあ。迷いますう。」


とはいえ狭い車内沢山は無理。迷いに迷った末。
いかにも立派な楓の大鉢。
そして隙間に納まりそうな小盆栽を頂いてかえることにした。
また再び一年振りに津山に里帰りだ。

新谷さんの愛された盆栽のわずか一部とは云え
私とM永君で大事に育てること約束した。
深い感慨に浸る。
知識と経験はM永君にあるのでほとんど彼にまかせるしかないのだが(笑)
思いもかけず立派な盆栽の土産が出来たM永君。いささか興奮ぎみだった。



b0041520_2130411.jpg狭い車中これが精一杯。
さ一緒に津山に帰ろう。


帰り間際にはお嫁さんとお孫さんが見送って頂いた。
そして今度は是非同い年の息子さんとお会いすること約束して
夕刻。沼津に向けて出発する。
その夜、清水に住む吾が友T本くん宅に一泊を乞う為だ。
by kaikaisei | 2005-07-10 21:33 | 日記