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7月 某日 軽井沢 2

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軽井沢には13年前に訪れたことがある。
その折は家族旅行でまだベビーカーに乗っていた次男などもいて、ましてや真冬の厳冬期。
とても避暑を楽しむような優雅な訪問ではなかったことが思い出される。

今回は花岡さんにいろいろ軽井沢らしいスポットを案内してもらったが、
やはりここはひとりで来るところではないな〜と申し訳ない気持ちになる。
これもいつか来る家族旅行のための下見ということで勘弁願おう。

で、ひとりで軽井沢のペンションに泊まる。
軽井沢の友人に紹介してもらった趣のあるペンション。
なんとここはオーナー夫妻が津山出身ということ。

オーナーのこだわりで津山から木材を運んで建てられたのが27年前。
なんで長野までわざわざとと思うが美作の木材にこだわってのことのようだ。
そして開業当初は週末に津山から通って(!!)営業していたというのも驚いた。

夜は先の友人家族が訪ねてくれて楽しい晩餐会とあいなった。
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by kaikaisei | 2013-07-30 22:09 | 日記

7月 某日 軽井沢

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朝は庭のテラスで朝食。
鮎の塩焼き?!ってこれ天然物?そう千曲川で釣られたものとのこと。
「鯉屋さん」で一緒に買って来られたそうな。
ウチの地元吉井川産とは比べものにならない大きさ。
朝からご馳走であった。
写真の背景が下仁田ネギ畑というのがいかにも佐久(笑)

さて。
花岡夫妻が是非見せたいものあるというので出掛けた先はクルマで30分程の軽井沢だ。
夏休みの旧軽銀座。
まるで原宿のような賑わいから一歩小道を踏み込んだその先に別世界があった。

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室生犀星が晩年を過ごしたという軽井沢の別荘(今は記念館)だ。
犀星が自ら設計したという庵と庭。
花岡夫妻にとってこの苔庭は聖地らしい。
なるほど〜。
犀星には建築家や作庭家としての才能があったともいうが
この軽井沢という自然環境で息づく苔のなんと美しいことか。

ほとんどがシダゴケ。
しっとり水分を含んで深く明るい緑の絨毯の美しさは他に例えようが無い。
犀星は縁側のお気に入りの場所で庭を眺めるのを何よりもの楽しみにしていたそうだ。

その場所に私も座らせてもらった。
by kaikaisei | 2013-07-28 23:16 | 日記

7月 某日 佐久

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佐久の花岡邸を訪ねた。
環境は私が住んでいるところととても似ている。
周囲を山に囲まれた田園地帯。
わが家は今頃茹だるような暑さだろう。
しかしここは信州の高原地帯だけあって、涼しい。
普段クーラーどころか扇風機も使うことはないし、
夜は窓を閉めないと寒いということ。

早速今ご夫婦で熱中しているという苔庭を拝見。
知り合いの住職さんの発案と指導で石の配置をすませ、
奥さんが通勤や仕事の合間に苔を採取しては貼り込んできたそうな。
陽射しを遮るもののない南向きの庭だから、水やりが大変だ。
この厳しい夏を乗り越えて清しい苔庭になることを楽しみにしていよう。次回までに…。
私も夫妻の苔熱に感染されたような気がする…マズいな(苦笑)

夜はご夫婦の手料理で歓待していただいた。
バルセロナでグラヴィールの勉強したご主人による海鮮パエリア。
そして佐久と言えば食用の鯉の産地だ。
(地元の人たちは魚屋ではなく「鯉屋さん」で鯉を買って来るとのこと)
マリネ風鯉の洗いに舌鼓を打ちながら、深夜まで話が弾み飲んだ飲んだ~。
by kaikaisei | 2013-07-27 21:53 | 日記

7月 某日 信濃デッサン館

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学生時代に即興音楽のライブなどで何度か行ったことのあるライブハウスのひとつに
明大前の「キッドアイラックホール」というのところがあった。
そこのオーナーが信州に美術館を作った聞いて、行ってみたいと思った。

今回長野市での二人展で御一緒している花岡さんの御宅を訪ねる途中、
上田市にあるその「信濃デッサン館」と「無言館」に立ち寄ることができた。
三十数年経てようやくその夢が実現した。

着いた途端にクルマに閉じ込められるほどの猛烈な夕立だったが、
その雨が上がると爽やかに信州らしい空気が蜩の声とともにあたりを包んだ。

夭折の画家の作品を集めたデッサン館。
関根正三をはじめ松本竣介らの作品はすでに親しいものだったが
何と言っても村山槐多の絵は異様な熱気を帯びて迎えてくれた。

また新しく出来た戦没画学生の作品と遺品を集めた無言館。
(新しいといっても十数年経っているが…)
別館も建てられて美術館というより鎮魂と慰霊の施設のようであった。

美術作品(もちろん工芸品も含めて)は常に時代を写す鏡だと思っている。
だとすると作品の美術的価値とは別に歴史の証言者であるということを考えさせられた。
あまりにも生々しい若者の声を聞いたようで館内を歩く私の足も重くなってしまった。

それは敗戦記念日が近づくにつれ、そして憲法改正が語られるこの時に
あらためて重く訴えかけてくるものがある。

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絵筆をコンクリートに埋め込んだモニュメント。
裏側には、このメッセージ。
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by kaikaisei | 2013-07-26 22:39 | 日記

7月 某日 二人展(妹は賛助出品)in 長野 3

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善光寺は仏様のテーマパークという趣き。
全国の宗徒をもてなすように広い境内各所に仏様がそれぞれのキメポーズで待ち構えている。
京都奈良のような敷居の高さがないように思える。
とてもフレンドリー(笑)



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会場では花岡さんのグラヴィール作品の見事さに思わず溜息だ。
ギリシャ神話を題材にした裸身が美しい。

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私の染付作品とも違和感なく会場を彩っていて、
当事者ながら楽しませてもらっている。

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by kaikaisei | 2013-07-24 22:58 | 日記

7月 某日 二人展(妹は賛助出品)in 長野 2

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先月の岡山でお披露目した双耳龍紋扁壺、焼直しをしてついに完品になった。
今回あの小山利枝子さんの大作を背景に陳列させてもらった。
前衛と伝統が共鳴し合ってとてもいい雰囲気だ。

グラヴィールの花岡さんの奥さんは私と同じ煎茶の流派であり、
今回初めて一緒に会場でご主人のガラス作品と私の染付作品を道具に使って
煎茶をお客様に振る舞うことができた。
(煎茶道は30を越える流派があるのでこれは希有なことといっていいでしょう!)

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長野のヒトと岡山のヒトが一緒にお点前することは普通考えられないことだ。
「芸は身を助ける」なんていうが20年近く煎茶道を続けてきて良かったなあ…と思った一日であった。
by kaikaisei | 2013-07-22 01:01 | 日記

7月 某日 二人展(妹は賛助出品)in 長野 1

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佐久市在住のグラヴィール作家花岡和夫さんとの二人展が幕を開けた。
当初は私の妹渡辺洋美の藍染めとの三人展を予定いていたが、妹はスケジュールの調整が付かず
賛助出品という形をとって、私と花岡さんとの二人展となった。

花岡さんとは以前からお付き合いはあったが、今回初めて作品を並べる機会を得た。
それは会場の「ガレリア表参道」も同様でありまして。
主宰のA川さんとも長いやりとりがあってようやく実現した今回の展示会だ。
そのあたりの経緯は私としても感慨深いものあるが説明が面倒だから、やめる。

観光地といっても、全国の仏様の総本山善光寺。
日本最古の巡礼施設だ。
とても行儀のゆきとどいた空気に周囲は包まれている。
その大伽藍まで歩いて10分ほどの参道沿いのある今回の会場。

いつものように、会場の様子はまだお預け。
会期は29日まで。上の看板が目印だ!
by kaikaisei | 2013-07-19 20:55 | 日記

7月 某日 善光寺平

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長野市での二人展の搬入の為、早朝自宅を発つ。
およそ10時間余りのドライブの果ての姥捨SAから長野市を望む。
会場の長野市は善光寺表参道まであと一時間ばかりだ。
遥かに滔々と流れる千曲川を真ん中に広がる山間の平野部は「善光寺平」と呼ばれているとのこと。
まさに「善光寺さん」を中心して広がった大門前町ということか。
ウチの盆地と比べてもスケールが大きいね!(笑)

そんな舞台を借りて初めての展示会、どんな結果と出会いがあるか。
期待と不安に胸が高鳴る。
by kaikaisei | 2013-07-18 23:29 | 日記

7月 某日 夏期訓練

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消防団の夏期訓練。
部長になって二度目の参加だ。
去年の夏期訓練に講習を受けた「土嚢の積み方」
未だにこのブログのアクセス数のトップを更新している人気記事になっている。

今年は前半は規律訓練。
後半はロープ結索講習。

しかし。
消防団活動には賛同するものだが、この陸軍式規律訓練にはどうしても馴染めない。
日教組の戦後民主主義教育によるものか。それとも私自身の資質に依るものかわからないが…。
なんにしても有事の時はこの規律によって支配される運命にある。

後半のロープ結索の講習は去年も受けたものだが、「もやい結び」や「巻き結び」など。
すっかり記憶から無くなっており
いかに日常生活に応用されていないということだろう。
これは普段から意識して使う必要があるもののようだが
縄で縛るものが以前に比べてなくなってしまったということだろう。
by kaikaisei | 2013-07-13 22:48 | 日記

双耳龍紋扁壺の製作 44

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ロクロに倒立したままで描けるところまで骨描き。
その後横にしてダミ筆を入れる。

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同様に側面の唐草模様を絵付けして高台部分の波紋へと筆をすすめる。

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100均で見つけた植木鉢の受皿。
これがピッタリのサイズで真ん中の龍紋を避けて保持できる。

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高台内の落款(サイン)も今のタイミングで記入。
本物は「大清乾隆年製」になっているので、私は「大平成年製回回青」とした(笑)
by kaikaisei | 2013-07-10 13:09 | 制作の現場から